ARGOの「プラトレ」

通る企画書を作るために。プランニングのトレーニング

先が読めないドコモのCM

auソフトバンクが、三太郎や白戸家と言う安定のシリーズCMを展開している中、ついにドコモが新シリーズCMの投入に踏み切った。星野源が演じるプロデューサーが、ドニマル・コスモフ・モンジュウロウと言った3人のキャラクターを売り出すストーリーになっているが、わけのわからない3匹のキャラクターをどう説明して行くのか、また真剣佑と浜辺美波と言う、ヤング層の間では人気があるものの全世代的には知名度でかなり劣る2人をどのように浸透させて行くのか、全く先が読めない。

(3人のキャラクターの名前の最初の文字が「ドコモ」になる点がドコモらしいとも言えるが)

堤真一綾野剛、高畑光希を起用した前シリーズから一気に若返りを計ろうとする気持ちはわかるが、ネットに掲載されているプロフィールや関係図を見てもちょっと設定が難しすぎるような気がする。どの辺りまで先の案を考えているのか分からないが、常に全世代を対象にしたCMを展開してきたドコモとしては、かなり思い切ったシリーズであることには間違いない。

キティちゃんやおそ松さん鉄人28号などの著名キャラクターを脇役に、「ド・コ・モ」のキャラクターを星野源が売り出して行くのか、久々にクリエイターの手腕が試されるシリーズCMの登場に、期待半分・不安半分で注目して行こうと思っている。

考える筋肉

企画を立てるにしても企画書を作るにしても、かなりの労力を必要とする。アイデアと言うものは天から降って来ることもあるが、それを周りに伝えるカタチにするためには、あーでもないこーでもないと頭の中での試行錯誤が欠かせない。

そのための基礎トレーニングは、ただ一つしかない。毎日24時間、いつも何処でもアンテナを張り考え続けること。最初は意識して取り組まなくてはいけないので苦しいかもしれないが、そのうちクセになるので意外と楽だ。日常生活への弊害があるとすれば、映画やドラマ、CMを見ても先を読んだり企画意図を考えたりしてしまうので、純粋に楽しめなくなることくらいだろうか。私の場合、頭の中で推測したドラマの先をつい家族にに言ってしまうので、嫁さんや子供達にかなり面倒臭がられているが。

考える筋肉は、気を抜いたらあっという間に小さくなってしまう。私も長い間このブログに何も書かなくなって明らかに筋力は落ちた。救いがあるとすれば、テレビを見ていても先読み裏読み企画意図の推測と言ったクセが身体に染み付いているくらいか。

私もいつの間にか還暦を過ぎた。新しい海に漕ぎ出すのは古い水夫ではないだろう、と言う吉田拓郎のフレーズがいつも頭の中に響いている。若い頃は若さこそ力だと信じ、ベテランと呼ばれるようになってからはベテランなりの味を出すような頑張ってきた。そして、古い水夫になった今、こうして自分で得てきたプランニングのトレーニング法を書き綴っているが、若い人に当てはまるかどうかはわからない。

年寄りの妄言かもしれないが、最近のテレビやネットコンテンツを見ていると、あまりに初歩的なミスが多すぎるような気がする。テレビのニュースもほとんど毎日と言っても良いくらい訂正原稿を読んでいるし、偏向報道はもちろん、単純な言葉やアクセントの間違いが多すぎる。誰もチェックしていないのだろうか?

広告デザインや企画書も、社内で簡単に作れるようになったせいか目を惹くものが極端に少なくなった。AIによっていろんな職業が消えていくと言われているが、デザインやプランニングは既にプロの仕事から外されようとしている。思いついたことをすぐに企画書にするのではなく、もっと良い案はないか、違う視点から見たらどうか、もっともっと考えて欲しい。

第一線を退いたロートルに先を読まれるような企画を見ることほど辛いものはない。もっと強い筋肉をつけて真剣に考えると言うことに向き合ってもらわないと、こんな奴らに負けるのかと一線から退くことが悔しくてたまらなくなる。

楽な道を歩くな。考えることを止めるな。頭の中のカメラを止めるな! 営業マンが片手間で書いた企画書がまかり通っている世の中は、決して健全ではない。

「モノからコト」は正しいのか?

もう何年も前から言われていることだが、小売業界には「モノを売るのではなくコトを売れ」と言う考え方が、新しい売り方として根強く残っている。

私が東京に住んでいた30年以上前、当時、時代の最先端を走っていたMATSUYA GINZAが、婦人服売場、神式服売場と言った「モノ起点」の売場作りをやめて「ナチュラリスト向け」、「都会派向け」などライフスタイルに合わせた様々な商品を各フロアに分けた「コト消費」を重視した売場を作って話題になったことがあった。

業界では「これぞMATSUYAならではの新時代の売場だ」とマスコミでも大きく取り上げられたのだが、実際に買い物に行くと、これが実に面倒臭い。財布が欲しいと思って行っても、テイストごとに売場が各フロアに散らばっている。他店に無いようなデザインの財布もあるので楽しいって言えば楽しいのだけど、探す楽しさは1度で十分。各フロアを回った後に、気に入った財布が置いてある商品のフロアまで戻るのが大変だった。

コト消費で括った売場は見て歩くには面白い。ただ、普通の人は「モノ」を買いに行くのであって、小物に至るまで自分なりのライフスタイルを確立している人は少ないのではないだろうか。だからこそ今の松屋は、紳士服売場、婦人服売場と言った「モノ中心」のフロア構成に戻っているのだと思う。

 

私が関わっていた家電量販店でも「モノからコト」へと売場を変えようと今まで何度もチャレンジしてきた。二子玉川や広島駅前にできたエディオン蔦屋家電では、家電と書籍、雑貨などを組み合わせた新しい売場を展開している。最初に店に行った時は、従来の家電量販店の概念を覆す「見た事もない店舗」だと興奮した。しかし、ワクワク感も最初だけで、シェーバーが欲しいと思って店に行った時は売場にたどり着くまで随分と苦労した。やはり客の立場としては、お店には「モノ」を買いに行くことがほとんどなどで、理美容品売場とかテレビ売場と言った「モノ主体の売場」の方が購入したい商品を選ぶ時にはありがたい。

 

何か面白いものはないかとお店に遊びに行く時は「コト売場」は面白い。しかし購入したい時は「モノ売場」の方がはるかに探しやすいのも事実だ。「コト」で括った商品を提案することで新たな需要を掘り起こしたいと言う気持ちは理解できるが、現実を見ると、やはり「モノ中心」の商品選びは続き、結果として「もので括った売場作り」は続いて行くと考えている。

「AI」ではお店を救えない

AIと言うブラックボックスが世の中を変えようとしている。ただし「AIがそう指示しているので」と言うだけで販促会議を切り抜けられる日が来るとは思えない。責任者や担当者が理解できないままデータが出した答えに従うのは大きな間違いだ。

ひと頃「データマイニング」と言う言葉が流行った。「この商品を買った人はこう言うものも見ています」などとAmazonのサイトに自動表示されるような商品をお店やDMで提案できる、と一部の部署でデータマイニングを賞賛する声が上がった。ネットのように膨大な商品を大量の閲覧者に対して紹介する、いわば「下手な鉄砲、数打ちゃ当たる」的なケースでもモトが取れるなら良いが、限られたスペースで限られた来店客に提案するにはあまりにも無鉄砲な販促手法だ、と現場を知っている人間は相手にしなかった。

やがて「ビッグデータ」と言う言葉が流行った時も、販促部門の中では同じ経過を辿っていった。もちろん、データを軽視している人など一人もいない。販促や営業活動はデータが全てだと言っても良いくらい、みんな数字を重視している。要は、データが導き出した「意味」と「効果」を、言葉で説明し、それが理解できて初めて人は動くのだ。

データマイニングビッグデータと言う言葉が流行っていた時代も、一番有効な分析手法はRFM分析だった。直近で来店されたのはいつか(Recency;リセンシー)、どのくらいの頻度で利用して頂いているか(Freqency;フリークエンシー)、いくら位ご購入頂いているのか(Monetary;マネタリー)。この3つの要素を用いてお客様をランク分けして行くと、2〜3割のお客様が売上の7〜8割を占めていることがわかる。また、同じように2〜3割の商品で売上の7〜8割を占めていることが多い。このRFM分析に商圏分析を組み合わせれば、ある程度の売上予測は可能になり、会議でも説得力のあるデータとして使われる。店長や店員もデータの意味を理解しているので、自信を持って販促や接客できる。これが重要なポイントだと考えている。

AIがどんなに発達しても、途中経過が理解できないまま導き出されたデータは使えない。だが、誰もがAIのデータを信頼して使うようになり、売上と言う結果が付いてくるようになれば、マーケティングと言う仕事そのものが無くなるのだろう。

タレントの起用

地方都市にいると広告展開に有名なタレントを使う機会など滅多にない。ほとんどは、クライアントの社長さんが知り合いだとかローカル用の低予算に応じてくれる場合に限られる。

飲料メーカーや車など、数多くの販売店を持つ会社が積極的にタレントを使うのは、認知アップと同時にグッズプレゼントなどと絡ませて商品購入や店舗への集客が期待できるからだ。

また、ビールや水着メーカーなどはタレントとは別個にキャンペーンガールを起用する事もあるが、彼女たちの仕事の多くは、地方の販売店回りであることが多い。ポスターに載っている綺麗なお姉ちゃんがお店に来てくれたり一緒にお酒を飲んでくれたら、販売店の社長の士気も上がる。

 

有名タレントの力は極めて大きい。知人である東京のクリエイティブディレクターが、あるキャンペーンにジャニーズのタレントを起用したところ、予想以上の反響に驚いたとも言っていた。

誰を起用するかで商品や会社のイメージも決まってしまうし、売上に直結することも多々ある。ローカルプランナーとしては、なかなか有名タレントを提案する機会がないが、私は、東京に本社がある有名企業のCMに誰が起用されているかで、企画意図を推理するようにしている。

例えば、ノド飴のCMには、天童よしみとか瀬川瑛子などの演歌歌手が選ばれることが多い。このことから、やっぱり飴ちゃんのターゲットは演歌好きなおばちゃんなんだろうなと言うことがわかる。また、自動車はターゲットが明確だ。家族向けなのか女性向けなのか、それとも富裕層を狙うのか。車種を見なくてもCMを見れば大体想像がつく。

タレントを起用するためには、出演料の他に契約金が必要になる。かなり高額になるが、一定期間、競合他社のCMはもちろん、プライベートでの他社商品の使用さえ制限されるのだから、その保証料もコミという事で事務所的には強気に出られる。

たたし、一番のリスクはタレントのスキャンダルだ。クスリとか暴力事件、自動車事故のような犯罪はもちろん、恋愛や私生活での事も大きなスキャンダルになる事がある。文春砲が元気になって、ますますタレント起用のリスクは増えて来た。お笑いタレントのCMが人気の割に少ないのもリスクを考えてのこと。CMは人気を示すバロメーターと言われる事もあるが、実際は「人気と信用のバロメーター」である。人気があるのにCMに起用されないなぁと言うタレントは、本人だけでなく事務所や家族に問題があることが多い。もちろん、タレントのポリシーとしてCMに出ないと言う人もいることを断っておく。

かつてのCM女王だったベッキーは、ゲス不倫と言うたったひとつのスキャンダルでCM界から姿を消した。事務所はもちろん、広告代理店は事後処理が大変だったと思う。彼女のポジションを埋めたのが、高畑充希と松岡美優で、大手スポンサーが数多く起用している=信頼されているタレントは、綾瀬はるかと石原ひとみ、西島秀俊阿部寛ではないかと私は勝手に思っている。

このように、CMや広告展開を見て「何故このタレントを起用したのか? 何故このようなビジュアルにしたのか? 何故この媒体を使ったのか?」などと言った企画意図を想像するだけでも、企画力を鍛えるトレーニングになるのではないだろうか。

ブラックボックス

今の社会は、コンピュータやネットワークを使ったシステムが必要不可欠になっている。コンビニはもちろん、小さな店でも使っているレジはネットワークにつながれてビッグデータの一部になっているかもしれないし、肌身離さず持ち歩いているスマートフォンはいつの間にか最先端のネットワーク端末に入れ替わっている。話題のAIスピーカーは、見方を変えれば常時ネットに繋がっている盗聴器だ。

かなり前からアッチのムー的世界が好きな人たちの間では「人類はやがて身体の中にチップが埋め込まれる」と言われていたが、わざわざチップを埋め込まなくても、自ら進んでGPS機能付きのネットワーク端末を持ち歩き、自宅に盗聴器を常時置くようになっている。

AIの進化は、私たちの暮らしを便利にする以上に管理機能の強化に結び付いて行く。自分が知らない間に自分の好みが勝手に分析され、欲しいと思っている商品の広告がスマホに掲示される時代なのだから、気がつかない間に自分の情報が何に使われているかわからない。

プランナーの仕事のひとつに、次はこんな商品やサービスが売れると予測し提案することがある。その場合、今のところはクライアントを説得するための理由付けが必要で、そのためには自分自身が納得できるだけの材料を用意している。「コンピュータが次はこれが売れると弾き出しているんですよ」では、クライアントも説得できないし自分も納得できない。

だが、これからは「AIが判断している」と言う理由で色々な物事が進んで行くような気がする。AIと言う言葉には途中のプロセスを吹き飛ばすだけのパワーがあるのだ。そこに大きな落とし穴がありそうでちょっと怖い。ブラックボックスの中には何が入っているのかわからないのに、それを信じている〜信じるしかない世界がそこまで着ている。そんな時代が来たらプランナーと言う職業は無くなっており、AIが出した答えを分析するアナリストか活用法を提案できるエンジニアへと肩書きが変わっているだろう。

 

予測と計画

昔、マンションの販促企画を立案していた頃、投下する広告費用に応じてモデルルームへの来場者数や成約件数を予測し、何度も的中させてクライアントを驚かせた事がある。普通は幅を持たせた予測をするのだが、広告代理店の営業サイドの意向で明確な数値を示し、それがバッチリ当たったために一気にクライアントの信用を得ることが出来た。実際、端数まで当たると言うのは全くの偶然に過ぎないが、過去の実績と経験を積んで市場調査をして行けば、ある程度の事は予測できる。今でも集客施設や交通機関を計画する時は、必ず予測を立てるはずだ。

 
高速道路や空港と言った公共施設の予測数値が大きく外れるのは、そこに「政治的な意図」が入るからだ。キチンとした予測が出来るのと同じように、クライアントの意向に沿った数値をひねり出すことも簡単に出来る。ただし、この数値は「予測」ではなく何らかの意図が入った「計画」であることを忘れてはならない。
 
売上計画と言う数字は、予測と言うより、実際はチャレンジ目標であることが多い。今の市場環境ではこれくらいしか売れそうにないが、社員のやる気を引き出すために高めの目標を計画値として設定したい、と言う会社はたくさんある。高めの数値を設定したことでチャレンジ目標が達成できたと言うケースもある。だから高めの計画をたてることには何の問題も無いと思うが、気を付けなければいけないのは、数字が独り歩きしてしまうことだ。
 
高めに設定した数値であることを忘れて仕入れや販促に予測値とはかけ離れた予算をつぎ込んだりすると、後で痛い目に遭う。その数値が正確な予測なのかチャレンジ目標なのかを理解した上であらゆる計画を立てて行く必要があるのだ。

商品を生産販売する際は、特に予測〜と言うより「事前の計画」が重要になる。仕入が少なければ欠品により販売チャンスを失うし、多過ぎれば不良在庫や廃棄処分になったりする。スーパーやコンビニから自動車メーカーまで、あらゆる業種で予測(計画)が立てられているが、気を付けなければいけないのは、その計画が単なる「チャレンジ目標」だったり「政治的な意味合いを持つ目標」であるケースがかなり多い事だ。
ハナから無理だと思える数値を打ち出して目標達成に向かって頑張るのは良いが、いつの間にかチャレンジ目標が計画値に入れ替わってしまう事がある。トップの勘違いが部下に伝わり、いつの間にか粉飾決算やデータ改ざんに繋がる事もあるから恐ろしい、